大判例

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東京高等裁判所 昭和40年(う)2089号 判決

本籍

韓国慶尚北道栄州郡平恩面水島里

住居

東京都北区中里町四番地

会社役員

金子鶴一こと 金鶴鎮

大正一〇年一〇月九日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四〇年八月三〇日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検事倉井藤吉出席のうえ審理をし、次のように判決をする。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人長谷岳、同伊東忠夫が連名で差し出した控訴趣意書および控訴趣意補充書に記載してあるとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断をする。

記録および証拠物を精査し、かつ、当審における事実取調の結果を参酌し、これらに現われた本件犯行の罪質、態様、動機、被告人の年令、性行、経歴、財産、経営事業の規模、家庭の事情、犯罪後の情況、本件犯行の社会的影響等量刑の資料となるべき諸般の情状を綜合考察するに、本件犯行は、所得税逋脱の方法がよくなく、その逋脱額も極めて多額であつて、犯情が悪質であることを考慮すれば、所論が指摘する被告人に有利な諸般の情状を斟酌しても、被告人に対する原判決の量刑はまことにやむを得ないものであつて、不当に重いとは考えられないから、論旨は理由がない。

よつて、本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条に従いこれを棄却することとし、主文のように判決をする。

(裁判長判事 白河六郎 判事 河本文夫 判事 清水春三)

控訴趣意書

被告人 金子鶴一こと 金鶴鎮

右の者に対する所得税法違反被告事件について、弁護人は、左記のとおり控訴の趣旨を陳述する。

昭和四〇年一二月三日

東京都中央区銀座東七の二 日興ビル二階

長谷岳法律事務所内 電話五四一―六九一六番

第二東京弁護士会所属弁護士

右弁護人 長谷岳

同 伊東忠夫

東京高等裁判所第十刑事部 御中

量刑不当

被告人に対し東京地方裁判所が言渡した原判決は、左記理由により刑の量定著しく重きに失し不当であるから、刑事訴訟法第三九七条、同第三八一条によつて原判決を破棄するのが相当である。凡そ租税事犯に対する刑罰の目的は、国民をして租税義務の認識昂揚と租税納付完遂にあり、必ずしも改悛の情顕著で逋脱税額を納付した事業主の事業を潰滅せしめることにあるのではないのであるから、本件被告人に対しても同被告人をして経済的自立の下、税金および罰金完納により更生の途を辿らしむることが、この種事犯に対する刑罰本来の使命に添う所以であり、よろしく原判決より更に大幅に減軽した罰金刑を以て処断されて然るべきものであると思料する。

第一点、本件犯行の動機について

(一) 被告人経営の遊戯場、喫茶店、バー、麻雀店等については、夫々業種別の組合が存在し、各組合は納税につき、各組合員の営業外形(パチンコ機数、喫茶店、バー、麻雀の卓子台数等)を勘案し、各所轄税務署係員と折衝を遂げその調定するところに従つて税額が決定され、組合員はこれに従つて納税するという実情にあつたので、本件事犯は組合の指導の欠陥に基くもので、敢て被告人のみの工作等によるものではない。(被告人作成の昭和四〇年六月一一日付陳述書一五五九丁以下陳述書という―参照)

(二) 被告人は昭和三十六年頃から、その経営する事業を業務目的とする法人設立を企図し、昭和三十六年四月二二日に至り漸く幸進商事株式会社を設立するに至つたが、惰性で前記(一)の安易な慣行に従つていた次第であり、右法人設立が早期に実現し居れば、所得に関する逋脱税額も本件より約七千二百三十三万九千四百五十万円低額であつたものと推定されるものである。

第二点、本件犯行の態様について

(一) 本件は敢て悪質な脱税工作に基くものではない。

(二) 被告人の営業に関する諸帳簿は完備せず、帳簿、伝票の記載も亦極めて杜撰でいわゆる「ドンブリ勘定」的経理であつた為、被告人の所得額算定も、被告人が捜査官に迎合した推定額によつて算定された部分が可なり多く認められて正鴻を欠くものがあるので、逋脱所得額は事実上はるかに低額であつたと認められる点が多い。しかし被告人としては今更茲に敢てその計数を争う意図はないが、情状としてその間の事情は酌量されて然るべきものと思われる。

(三) 右被告人の各営業より生ずる売上所得等は原則として殆んどすべてが被告人名義の平和相互銀行上野支店、住友銀行神田支店、第三信用組合神田支店、第一信託銀行本店の当座預金口座に入金され、架空人名義を使用してことさら、預金口座を秘匿しようとした事実が認められない。尤もその他の若干の架空人名義預金、売買契約書等の金額変更等は、見受けられるが、これらは世間的な金融機関の勧め、或は売主等の懇請に応じたことによるもので特に悪質な方法を採つた脱税工作は認められない。

(四) 原判決第三摘示の所得総額は五千九百十九万九千四百円であるが昭和三十八年四月二二日設立された幸進商事株式会社名義の所得は実質上約八百万円乃至一千万円含まれているわけであるが、この点の立証が困難であるため敢て此の点の事実誤認は主張しないが、情状としてその点の事情につき酌量を加えられて然るべきものと考える。

第三点、犯行後の改悛の情について

(一) 被告人は、深く本件脱税事犯の非を恥ぢ改悛の情極めて顕著であり、御寛大な判決を仰ごうと決意する余り、捜査当時より原審終結まで弁護人を選任せず、逋脱所得額算定に関する計数上の不満も敢て訴えず本件公訴事実を全部認めて今日に至つたものである。

また被告人には前科がない。

(二) 被告人は昭和三八年四月二二日幸進商事株式会社を設立したので(一六〇九丁)、昭和三九年一月一日からは、税理士寺崎亀吉に依頼し正確な収支記帳をして、再び同種の犯行を繰り返さないことを期して居り再犯の虞は全くない。

(三) 被告は、昭和四〇年三月三一日、同年四月二八日、同年七月一三日の三回に亘り逋脱所得税(本税)合計金一三三、六七七、七八〇円を納付ずみであり、他方昭和四〇年七月頃課税賦課決定書と督促状ありたる昭和三六、三七、三八年分の重加算税合計金五七、五五三、三〇〇円については、右告知の日から一年内に納付すべきものであり、また約一八、〇〇〇、〇〇〇円と目される昭和三六、三七、三八年分の各利子税も右と同じく未納となつているが(この利子税の一部についてのみ課税賦課決定書と督促状が送達されていて、その余は未送達の段階である)、この重加算税と利子税の未納合計は金七五、五五三、三〇〇円位となるところ、東京国税局(大蔵省)は被告所有の左記八〇、〇〇〇、〇〇〇円以上と評価される不動産を差押えておる状況に鑑み右未納分についても将来の支払は充分に確保され、国家に対する財政的損害をかける虞れはないと思料される次第である。なお右未納分についても近く納入の手続を為すことを誓約している。

(一) 文京区駒込曙町一一番三七

宅地 六壱坪九合五勺

(二) 千代田区神田鍜冶町壱丁目五番弐弐

宅地 壱〇坪六合

(三) 同区同町壱丁目五番五六

宅地 六坪八合壱勺

(四) 同区同町壱丁目五番参

家屋番号 同町五番七

木造亜鉛メツキ鋼板葺弐階建店舗壱棟

壱階 壱壱坪弐合五勺

弐階 八坪六合五勺

(五) 同区同町壱丁目五番弐弐

家屋番号 同町五番壱弐

木造亜鉛メツキ鋼板葺弐階建店舗壱棟

壱階 八坪弐合五勺

弐階 七坪

(六) 同区同町壱丁目五番

家屋番号 同町五番壱七

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建店舗壱棟

建坪 八坪参合参勺

(七) 同区同町壱丁目五番

家屋番号 同町五番参壱

木造亜鉛メツキ鋼板葺弐階建店舗壱棟

壱階 壱五坪

弐階 六坪

(八) 同区同町壱丁目五番

家屋番号 同町五番四参

木造瓦葺平家建店舗兼居宅壱棟

建坪 壱五坪

(四) 前記(三)の重加算税は、昭和三六年分は逋税所得税額の五〇パーセント、さらに昭和三七、三八年分は三〇パーセント賦課される行政罰的性格を有するものであるから、被告人は謂はば執行猶予の恩典ある懲役刑の外、重加算税罰金五七、五五三、三〇〇円と本件罰金二七、〇〇〇、〇〇〇円との合計金八四、五五三、三〇〇円に上る財政罰を受けたこととなり、過酷に失すると思料せられる。

進んで付言するに、前記第一の(二)の如く被告人がもし昭和三六、三七、三八年分納税について法人税に切り替えて納税していたとしたら、陳述書(一五五九丁)記述の如く約七二、三三九、四五〇円位の税金を税制上納付しないですんだ次第であるからこの点は情状として御勘案を乞う次第である。

(五) 被告人は、逋脱所得税合計金一三三、六七七、七八〇円を既に納付ずみであり、今後は、重加算税金五七、五五三、三〇〇円、利子税約金一八、〇〇〇、〇〇〇円位、この合計約金七五、五五三、三〇〇円位の未納税金を納付しなければならず、これに本件罰金二七、〇〇〇、〇〇〇円を加算すれば金一〇二、五五三、三〇〇円という巨大な金額の支出を余儀なくされる次第であつて、現今の不況下、自責心から税金完納を期している被告人にとつて、右の支出は被告人をして再び事業者として起つ能わざらしめる程度の、換言すれば被告人の死命を制するに比しい苦痛である。

付言するに被告人は、韓国人ながら在日経歴約二九年と極めて長く、真面目な生活を送り、業界の信望も厚い者にして、また同居の実母の張淑文(当七一年)外多数の家族を擁し、その糊口をしのがなければならぬ責務もあり、本件事犯に対し、日夜痛責懊悩し、ひたすら改悛に徹して居るのである。

叙上の諸般の情状を綜合して御賢察の上、被告人の経済的自立力の残存下、税金完納および罰金完納により被告人をして人生の破局に追いやることなく更生の途を辿らしむる余地あらしめるよう、被告人に対し更に大幅に原審の罰金刑を軽減した御判決を賜わり度く念願する次第である。

なお不備の点は追つて補充書を以つて陳述します。

以上

控訴趣意補充書

被告人 金子鶴一こと 金鶴鎮

右の者に対する所得税法違反被告事件について、弁護人は、左記のとおり補充控訴の趣旨を陳述する。

昭和四一年一月二〇日

右弁護人 長谷岳

同 伊東忠夫

東京高等裁判所第十刑事部 御中

被告人において本件脱税につき不逞な故意による積極的な脱税工作をなして居らず、被告人は税法に関する無知識の結果、こと茲に及んだものであることを以下のとおり補述する。

一、商法は法人について所定の帳簿備付を義務づけるも、所得税法は青色申告の場合を除き義務づけてない。

右所謂白色申告の場合、総収入から必要経費を引いた所得金額を申告するものであるところ、この点につき被告人は主たる収入たる事業による売上金の全部を被告人名義の各銀行口座に入金しており、右総売上金中、特定の金額を所得より脱漏せしめる意図を以て架空名義の当座預金又は普通預金に組んだ事実はない。

二、被告人が非定期的、非計画的に不時になしたいろいろの取引その他個人的な貸借関係での出金を、右各預金から引出して、その結果の入金の中、或るものについて架空名義預金としたことは、その動機において金融機関の勧めがあつた事情と、各種の営業をしている被告人として之等を営業上の損害準備金として積立てておこうという人間的弱点によるものであつた次第である。

なお、之等の架空名義の預金は被告人の財産隠匿であるが、これは所得税法違反とはならない。

即ち、所得を正確に把握するためには単に収支計算に依る事に止まらず、それ等を裏付けるものとして、その期間の開始と終結的における財産の増減を計算し、これがその収支計算の数字と一致して初めて正確なる所得となるのである。

之等の方法として、複式による簿記計算か、又は、之に準ずる正確な記帳方式を要求する事は論を俟たたぬ所であるが、所得税法に於ては、青色申告による場合の外は、之等財産計算については法規的に義務付けてはおらないのであります。

三、昭和三六、三七年度家賃収入は、立退問題で賃借人は供託し、被告人はこれを受取つておらず、昭和三八年度の家賃収入の不申告は、被告人と被告人の経営する法人との振替勘定で処理されていた関係上、現金の授受がないためであつて、被告人としては脱税をことさら意識的に行つたものではない。

配当金の不申告は、多額な金額でないことと、また脱漏所得金額中、雑所得として可成りの金額になつている事実については、之は総べて金融機関えの積立金の利息相当分である。

税法上預金利息は非課税となつているが所得税法上、之等積立金の利息は付加金であるとして課税したものである。 以上

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